大根の皮むきも、いちごのスライスも一瞬
業務用のフードスライサーや食品カッターを見たことがありますか? 大量に放り込まれた玉ねぎが一瞬でみじん切りにされたり、リンゴの皮がクルクルと自動で剥けたりする、そんな機械です。
普通は食品工場や、スーパーのバックヤードの調理場などにあるので、実物を見たことがあるという方は少ないかもしれません。
例えばこちらの機械。
▲オートパインカッター(価格は要問い合わせ)
このカッターは、エア・コンプレッサー(空気圧縮機)を動力とする刃により、パイナップルの皮と芯を一瞬で取り除きます。その処理スピードは5秒/1玉。計算上では1時間で720個のパイナップルをホールカットにするという、高性能マシンです。
(写真提供:平野製作所)
この機械を上野のアメ横あたりや新宿アルタ横あたりの、串に刺したカットフルーツを売っている店の横で稼働させたら、多くの見物客が集まることでしょう。
▲大根やニンジンの皮むき機の刃
こちらは大根やニンジンなど棒状の野菜の皮を剥く機械の刃部分。これを装置にセットして、上から野菜を押し込むだけで、綺麗に皮が剥けます。
大根が一瞬にして丸裸です。ここからさらに別のスライサーやカッターにかければ、おでん用の大根も、刺身のつまも、大根おろしも短時間で大量に作れます。
▲いちごスライス装置「いちごちゃん」(税込283,800円)
こちらの機械は、イチゴを決まった厚みに連続でスライスする装置です。ヘタをとったイチゴを左の回転刃に乗せていけば、次々とイチゴがスライスされていきます。
クリスマスシーズンには、ショートケーキをホールで3,000個作るような工場もあるそうです。人間がイチゴを薄く均等に切るのには技術がいるので、経験の少ない従業員では難しい。それだけ大量のショートケーキを作るときには、この機械は大活躍します。
ちなみに装置価格は税込で28万円ほどなので、ワンシーズンで元がとれるのだとか。
今回は、これらの装置を製造する、業務用スライサー・食品カッターの専門メーカーに色々話を聞いてきました。
100年以上続く刃物メーカー
訪問したのは「株式会社平野製作所」の成田工場ショールーム。デモ用の様々な装置や、カット用の刃が各種並んでいます。
対応していただいたのは、営業部主任の松尾さん。まずは会社の概要と歴史についてお聞きしました。
松尾さん:当社は現在、主に業務用スライサー、食品カッターの開発・製造・販売を行っています。設立は1907年(明治40年)で、今年で創業112年ですね。
もともとは江戸時代から伝わる鍛冶屋の技術を利用し、時計のバンドやペン先などの金型の製造からはじまった会社でした。
▲キング剃刀のホーロー看板
松尾さん:1940年代には、自社ブランドの「キング剃刀」の製造販売を開始します。
▲ケース内に展示された当時のカミソリ製品
松尾さん:1960年代になると、プレス加工によるガスライター部品の製造や、プリント基板の穴あけ外形加工を行うようになります。同じころ、カミソリ製造の技術を活かしたフルーツカッターの製造も始めました。
▲最初の頃のフルーツカッター。芯が抜けて8等分になる。高度成長期の香り
松尾さん:そして1970年代に入ると、本格的に食品加工装置の研究開発に着手するようになります。
70年代は、ファストフード店や郊外型ファミリーレストランチェーンが登場するなど、外食産業が急速に成長拡大していた時期。スライサーやカッターなどの食品加工装置の需要も急速に伸び、平野製作所は専門メーカーとして業績を伸ばしていったのです。
大ヒット商品は刺身の「つま」切りマシーン
今では、平野製作所が持つフードスライサー、フードカッターの種類は、標準製品が約150種類。特注製品においては約3,000種類にもなります。
松尾さん:板金曲げ、樹脂成形など、製品のほとんどの製造工程を自社で行っているため、色々なことが実現できることが強みになっています。板金加工機と成形機、どちらも持っている会社はなかなかないと思いますよ。
そんな数多くの製品の中で、特に大ヒットしたものはどれなのか聞いてみました。
▲大ヒットマシン「つま一番」(プラスチック製の手動タイプ/税込19,800円)
松尾さん:刺身の「つま(※ここでは大根やニンジンを細切りにしたものを指す)」を切り出す機械ですね。
食品加工装置を作り始めた頃からの製品ですが、今も売れています。チェーンの居酒屋さん、スーパーの鮮魚コーナーのバックヤードとか、いろいろなところで使ってもらっています。
松尾さん:それから、パイナップルのホール抜きと芯抜きも多く出ています。この形にしたのは当社が最初で、同タイプのものはほとんどが当社の機械だと思ってもらってもいいぐらい、シェアが高くなっています。
最近では、うちの製品を使って皮を剥いた状態で、パイナップルが売られていることも多くなってきました。
▲各種パインピラーの刃
▲マルチプレスカッター(標準タイプ/税込162,800円)。このようなスタンドに刃を取り付けてカット。刃を変えれば他の野菜にも対応できる
松尾さん:パイナップルはどんな風に切っても食べられる部分が全体の40%ぐらいにしかならず、カットが大変なフルーツなんですね。
この他にも、もっと大量にカットする食品工場向けにはオートパインカッターを販売していますし、カットした後、さらにパインをブロック状にするためのマシンもありますよ。
▲パインブロックカッター(税込437,800円)。皮と芯が抜かれたパインをブロック状にする装置
松尾さん:標準製品だけでなく、お客様のリクエストにも細かく対応しています。
例えば、コンビニチェーンさんだと、スティックサラダが今年は10mm角の規格だったのに、翌年から突然12mm角に変わったりするようなことがあるんです。また、同じような商品でも、コンビニチェーンさんごとに規格が違ったり、地域によって変わったりすることもありますね。
そういったものにも細かく対応しているので、「規格品以外をお願いしたい時には平野製作所」という風に声をかけてもらっています。
特注で対応しているケースも多いため、食品を切るのに困ったらまずは平野製作所へ。
水族館や動物園からのカット依頼も
色々な食品のスライスやカットに対応してきた平野製作所ですが、中には変わった依頼もあるのでしょうか?
▲果物、野菜、魚、肉、チーズ、ケーキ、こんにゃく、カマボコなど、各種食材に対応した刃
松尾さん:特殊なものだと石鹸がありました。丸い棒状の石鹸をスライスして、円盤状に切り分けた製品にするためだとか。あと、樹脂の新素材や乾電池を切りたいなんてのもあります。
▲デモ機が並ぶショールーム
松尾さん:切れるかどうか分からないものは、まずはカットしたいもののサンプルを送ってもらいます。デモ機で試してみて、うまくいったら「こういう機械でどうですか」と提案させていただくんです。
▲野菜やプロセスチーズをスティック状にする刃
他にも、「植物の成分を抽出したい」という研究目的の依頼もあったそうです。フラスコでちょっと実験するレベルなら研究員が手動で行えますが、製品化までの過程で大量に皮を剥かなくてはいけない。そこで業務用、ということでしょう。
▲マルチスイングカッター(標準タイプ/税込294,800円)。野菜、果物、チーズなどの加工食品を薄く均等に切る装置
石鹸メーカーや研究所など、食品メーカー以外にも需要があることが分かりましたが、他にも変わったところからの購入問い合わせはあったのでしょうか?
松尾さん:変わったところといえば、水族館だとか動物園ですね。餌の前処理用として購入していただいたことが何件かあります。イルカやアザラシ、猿などには、野菜などの餌を切って細くしてから与えているんですよ。
当社が意図してそちら向けに作ったわけではないのですが、お客様の方で困っていて、調べて当社に声をかけてくれたのだと思います。
▲特注品の定尺カッター(税込214,500円)。こちらは“スパム”で有名なランチョンミートを2つ同時にスライスする機械。オニギリ用?
ちなみに、過去には道の駅に大量の切干大根を出荷する、農家の方からの依頼もあったそう。大量処理には、やはり業務用が強い。
食材も食文化も「切り開いて」いく
最後に平野製作所の目指すところを聞いてみました。
松尾さん:おかげさまで、「平野(製作所)」という名前が食品メーカーや食品加工業者の間で広がり、多くの方に知って頂けるようになりました。その期待にお応えしていけるように努めます。
▲様々な食材をカットできる「マルチロータリーカッター」(価格は用途によって異なる)。大家族の方でも、こんな大型機は買っていないだろうな
松尾さん:核家族は数十年にわたり増え続け、「個食」もどんどん広がっています。
例えばかぼちゃなら、一玉買って食べきれずに大部分捨ててしまうのであれば、1/4にカットしたものの方が便利ですよね。皮を剥いたり小さく切ることで、買いやすくなり、食べやすくなり、保存もしやすくなる。それにより、日々の食卓が潤って、皆さんが笑顔になるような機械づくりをしていきたいと思います。
昔は、生のパイナップルというと、ザルの上にそのまま置いて売られていて、切るのは大変な作業でしたが、最近では、スーパーでもコンビニでも気軽にカットフルーツが買えるようになりました。
平野製作所の装置は、ライフスタイルや食文化の変化を陰で支えているのかもしれません。
書いた人:馬場吉成
普段は元機械設計屋の工業製造業系ライターとし記事を書いていますが、利き酒師で元プロボクサーで日本酒と発酵食品を使った酒の肴を出す店も経営しているので、時々料理や運動系記事も書きます。別人と思われます。
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