はじめに
三脚、露出計、機材の保存、フィルターと「いやがらせ」を書いて来ましたが、今回は「レンズフード」です。「つまんないことを書くな」というご意見は承知ですが、非常に重要な役割を持ったレンズの必需部品です。「フィルター」と「レンズフード」を連続して読むと、意図が判るように書きました。
インターネットでレンズフードを検索すると、「不要」「効果が疑問」「役に立たん」「レンズの保護にしか使えん」などと、書き込みがあります。
使い方を知らなければその書き込みは当たり前。ただ着けりゃあいいってもんじゃありません。
逆光はインパクトのある画面を撮影するには欠かせない光線です。輝く金髪の女性をヨーロッパの低い太陽の逆光でたくさん撮影しましたが、適切なフードを使って、フレアやゴーストを正しく切らないと、何を狙って撮影したのか判らない画面になります。
砂漠や夏の海岸でも、天空光や地面から反射する余計な光を遮断しないと、目的の画面になりません。フードは必須アイテムです。
時々、フードを格納状態のまま撮影しているカメラマンを見かけますが、「使わないなら外した方が軽くなるのにな」、と気の毒になりますね。
この状態のまま撮影しているカメラマンがいる フードは正しく装着して撮影すべしユルフワ写真の源流
現在ブームの「ユルフワ写真」は、今に始まったことではありません。
福原信三の「光とその諧調」や「ベス単フード外し」
ベストポケットコダック(VEST POCKET KODAK) レンズの口径を規制するフードを外すと収差が増加してユルフワの度合いが増すによるソフトフォーカス。
木村伊兵衛名人でさえ、「タンバール90mm」でソフトフォーカスポートレイトを撮影した時代がありました。
「光画(こうが)」という言葉もありました。光で描いた絵画という意味だと思いますが、「そんなら写真を撮影するのではなく、絵を書け」ってことです。
これらはひっくるめて「サロン調写真」というブームでしたが、この時代のカメラ雑誌は、「写真の本質とは違う」という意味の批判記事をたくさん載せたものです。
何だか、現在のレタッチ過剰批判を先取りしたようですね。
「タンバール90mm」「光画」「光とその諧調」「べス単フード外し」のようなキーワードで検索すれば、事例が山のように出て来ます。これらは宝の山ですから、パクる材料には事欠きません。
その結果どうなるか。長くは続きません。つまり、飽きるんですね。
ベス単レンズを再現したと言われた、キヨハラ光学70mm F5(左)と50mm F4.5 キヨハラ50mm F4.5で撮影 同F8で撮影。絞りでソフトフォーカスとフレアをコントロールする過去に一度経験して衰退したようなユルフワ写真が再びブームになっているのは「歴史は繰り返す」ことを証明しています。今の世代にとって目新しく見える映像でも、「元を辿ればこんなのがあるよ」と、先人が既に試みている例が多いものです。
そんなブームに映画は無縁でした。「ピントの外れた画面や、フレア、ゴーストの入った画面は即NG」ですから、爺の映画DVDコレクションの作品群の中には1カットもありませんでした。ところが最近は、一般公開された映画やCMでも「ユルフワや黄色に変色したカット」があります。変われば変わったもんです。
時流に乗って、ユルフワビデオグラファーを目指すなら徹底すべきだし、シャープな画面を選ぶならそれも徹底すべきで、「撮影方法がブレないことによって個性」が表現できます。
プロを自称するビデオグラファーの皆さんは、どちらを選ぶのでしょうか。
「両方ともできる」と思っているアナタ、「ロクな結果になりません」。
レンズフードの定義
カメラ雑誌や動画サイトには「レンズフードは、狙った以外の角度からレンズに入射する光線を遮断して、コントラストやシャープネスを阻害する有害な光線を防ぐ」なんてコメントが載っています。
平たく言えば、「フレアやゴーストは有害な光線」ってことですね。
この定義は現在通用しません。
ご存知のように、「フレアやゴーストは悪ではない」という写真や映像が溢れています。「プロたるアナタがこの風潮に染まっているはずはない」と爺は思いますが、それも少々怪しいのが昨今です。
アナタが、「フレアやゴーストの入った映像を良し」とするなら、時間の無駄ですからこの先を読む必要はありませんし、「ユルフワ、ボケ、フレア、ゴーストがイノチなんだから、フードなんかどうでもいいんだ」と、そちらを追求したいアナタは手の施しようがありませんので、勝手にやってください。
普通に使うレンズフード
金属製、プラスチック製、ゴム製を問わず、レンズに付属する丸型や花型のフードは日常見慣れていますし、アナタも持っているでしょう。
金属製フード ニコンだけでも多くの金属製フードがある ゴム製のフードフード内部を見ると、細かい溝が切ってあり、艶消しの黒い塗装が施されています。単純に平面を丸めただけでは、黒塗装しても反射を止められませんから、フードの役目を果たすことができません。
これは、マウントアダプターの内部も同じで、反射防止処理をしていない場合、「望まないフレアやゴーストの原因」になります。
爺のアダプターやレンズ鏡胴の内部は、モルトプレンや反射防止剤で補修してあります。
ニコン-Eマウントアダプターの内部。モルトプレンの反射防止これらのフードは掃いて捨てるほど紹介されていますが、実際の効果を評価した記事を爺は見たことがありません。
蛇腹式の伸縮フード
蛇腹式フードシステムも販売されています。
リー(LEE)の蛇腹フード蛇腹は柔軟かつ薄いので、頼りない材質に見えますが、非常に優れた反射防止特性を備えています。
正面から見るとほとんど反射が無いアリフレックス デバイダー
現在、シネ用に使う「マットボックス」の元祖のような製品ですが、もっと簡便で、取り扱いし易く、効果抜群の「蛇腹フード」です。
爺が日本シネセルに入社した時、先輩カメラマンに「これはデバイザーと言うんだ」と、教わって以来そう思っていましたが、その単語の意味はフードとは違っています。
「光を遮って分けるもの」であれば、「デバイダー」(DIVIDER)が適しているようです。
アリフレックス(ARRIFLEX)16stに、シネクセノン(CINEXENON)50、35、25mmを装着観察してみると、アリフレックス16stでは、専用の縦型アクセサリーシューに取り付ける長い角棒に、伸び縮み自由の蛇腹が金具で取り付けられています。
焦点距離に応じて最適な長さに調整できます。
蛇腹フードを装着。内部にほとんど反射無し最後部に58mmのネジが切ってあり、丸形フィルターに対応しています。その前には角型のフィルタースロットが2枚分あります。
58mm-72mm変換リングと、2枚分の角型フィルター用スロット前部の金具にも、焦点距離に応じた大きさに角型に穴の開いたプレート(黒い素材で自作しても可)が取り付けられるようになっていて、不用な光線を徹底的にカットするようになっています。
アリフレックス35用には、同じタイプの蛇腹デバイダー
アリフレックス35IICにシネクセノン75、50、35mmを装着 蛇腹フード 75mmではこの長さまでケラない 正面から見るとほとんど暗黒と全金属製の角型デバイダー
全金属製デバイダー、75mmマスク付きの2タイプがあります。全金属製でも、デバイダーの内部は植毛によって内面反射防止が徹底されています。
デバイダー内部の黒植毛蛇腹の優れている点は、反射がほとんど0ですから、正面から撮影すると蛇腹の内部は真っ黒に写ります。フードはここまで拘らなければ機能を満たすことができません。
残念ながら、現在のマットボックスで蛇腹を使った製品は見当たりません。
シネ用ワイドレンズのフード
超広角レンズになると、蛇腹フードでは四隅が暗くケッてしまって対応できません。そこで、どのメーカーもワイドレンズに付属した専用フードを製造していました。
シネ用のフード群 キノール(KINOR)6mm用、プラスチック製 正面から見るとボディより大きい アンジェニュー(Angénieux)5.9mm用、金属製 キノプティク(KINOPTIK)5.7、9.8mm兼用、金属製、内部に黒植毛 ツアイス(ZEISS)8mm用、ゴム製、破れるので補修するワイドレンズでも「何とかして有害な光線を遮断したい」という、強固な意志(ここまでやるか)を感じます。
昨今のレンズやカメラ
シネレンズには、コーティングを剥がしたり、シングルコートに戻したりして、フレアを強調したシリーズがありますし、クラシックレンズを再現したようなシリーズもあります。
メーカーは需要があれば特殊なレンズも製作するのでしょうが、「オールドレンズを有難がるカメラマンは、オールドレンズそのもので撮影したいのであり、オールドレンズを模倣したレンズで撮影したいわけではない」んでしょ。
趣味の世界でしか通用しない「遊び=性能の劣るレンズを使った画」が、プロの世界にまで影響を与えて金を稼ぐ手段になるのは、「プロのカメラマンはいらない」という風潮を助長するだけで、「自分で自分の首を絞めている」ようなもんです。
レンズは単に「買える価格なら買うか、買えないなら借りるか」の選択になりましたし、大型動画専用デジタルカメラとDSLRの画質の差も判らなくなり、既にプロとアマチュアの境界が無くなっています。
何故、フードが必要なのか
爺のフィルム時代、日本の映像の基準である各現像所の試写室でOKを出したプリントを実際の上映館で見ると、明るさ、コントラスト、画ブレの程度やシャープネスがまちまちでした。博覧会やプラネタリウムの大型映像館も同じ状態でした。
映写ランプの寿命を延ばすために、定格の80%に明るさを制限したり、映写機の手入れが充分でなかったり、映写レンズが古かったり、理由は様々でしたが、上映画面の状態が悪い場合、映写機(ハード)側ではなく、全てソフト側に「暗い、ボケている、画面が揺れている」などと、クレームが来ます。
爺の大型映像がブレている、というクレームが上映館からダイレクトに来たことがありました。爺は絶対の自信がありましたから、縮小焼き付けしたアイマックス作品(画ブレは極限まで抑えられています)を同じ映写機で映写したところ、見事にブレていました。
そこまでして、ようやく「なるほどハードがダメ」ということをクライアントが納得した経緯があります。
デジタル時代になっても、劇場によってプロジェクターの状態が一定ではなく、バラツキがあります。
ハード側に起因するクレームにソフト側が反論するためには、オリジナル映像はあくまでシャープでクリアでなければなりません。百歩譲って、ユルフワシーンがあったとしても、前後のシーンがシャープでなければ、「プロジェクターが悪いのか、ソフトが悪いのか、どうやって判断する」のでしょうか。
アナタの撮影したユルフワ映像が大型画面で映写された時、「ピンボケじゃん」と、観客やクライアントから指摘されたら、どのように反論するのでしょうか。
アナタの映像を見るのはユルフワファンだけではありません。
また、爺の師匠、故伊藤三千雄カメラマンはことあるごとに言っていました。
「荒木、太陽はな、画面に入れるなら入れろ。入れないなら徹底的にハレーションを切れ」。
1971年伊藤師匠とロケした網走の流氷。太陽のゴーストやフレアが極端に少ないNIKKOR-O 2.1cm F4 札幌。どうしても切れない太陽を電柱の後ろに隠す 秋田、玉川温泉。上フレームギリギリに太陽最近の映画を見ていると、中途半端にフレアやゴーストが入っているカットや、半分だけフレームから切れた自転車のカット、ドアが半分切れた店先のカットを平気で繋いでいます。
もし爺がこんなカットを撮ったら、伊藤師匠から「荒木、何てカットを撮ってるんだ。やめてしまえ」と罵声が飛んでくるでしょう。
オールドレンズを使おうが、現代のレンズを使おうが、フード無しにベストな画面を撮影することはできません。そこを理解した上でユルフワを目指すなら、「ほう、そっちに行ったか」と、爺は納得します。
爺が必ずフードを使い、フィルターを必要以外使わないのは、基本を守り、「クレームから自分の身を守るため」です。
「どうせ、スマホで見るんだろ。目立ったもん勝ちだよ」という反論もあるでしょう。
「スマホで見せるにしても、手抜きせずにプロの画面を撮らんかい!!」。
まあ、馬耳東風だろうねェ。
荒木泰晴 東京綜合写真専門学校報道写真科卒業後、日本シネセル株式会社撮影部に入社。1983年につくば国際科学技術博覧会のためにプロデューサー就任。以来、大型特殊映像の制作に従事。現在、バンリ映像代表、16mmフィルムトライアルルーム代表。フィルム映画撮影機材を動態保存し、アマチュアに16mmフィルム撮影を無償で教えている。
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December 16, 2019 at 06:00PM
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