2020年6月30日、日産が待望の新型車「キックス」を発売。経営不振に苦しむ日産の期待を一身に背負った新型SUVだけに、その動向には発表前から注目が集まっていた。
この新型キックスは、「X」(275万9900円)と「Xツートーンインテリアエディション」(286万9900円)の2グレード展開だ。
全グレードe-POWER、プロパイロット標準装備、電動パーキングブレーキ標準装備、本革ステアリングや先進安全技術も標準搭載されるなど、実質的には上級グレードの1スペック販売となっており、エントリーグレードは、現時点は用意されていない。
実は、生産国のタイで販売されるキックスには、装備品を絞った廉価グレードも用意されている。なぜ日本では、上級グレードに絞られた販売としたのだろうか。日産の狙いとは!?
文:吉川賢一、写真:日産、トヨタ、ホンダ、表:ベストカーWeb編集部
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廉価なガソリンモデルを用意しなかった理由
新型キックスのライバルとなる、ホンダ ヴェゼルやトヨタ C-HRには、ガソリンエンジン仕様のエントリーグレードが用意されている。
ヴェゼルには、211万円のガソリンエンジン仕様の廉価グレード(ハイブリッドは250万円~)が、C-HRにも236万円のガソリンエンジン仕様のエントリーグレード(ハイブリッドは273万円~)が、といった具合だ。
実は新型キックスにも、海外仕様にはガソリンモデルが存在する。キックスは、海外では2016年から販売されていたクルマで、もともと南米市場向けに開発されたコンパクトSUVだ。
現在でも、ブラジルでは、1.6Lガソリンエンジン仕様が販売されている。
それならば、エントリーモデルとしてガソリン仕様を導入したらいいのではないかと思えるが、年々厳しくなる燃費規制に対応するため、日産は2019年度決算/事業構造改革計画において、電動車比率を「2023年度までに 日本 60% /中国 23% /欧州 50%へ」向上させると発表しており、今更ガソリンモデルを用意するのは計画外なのであろう。
販売台数を伸ばすという目的よりも、環境対応のために電動車比率を上げる、という自社がコミットメントした目標を優先したというのが、ガソリンモデルを用意しなかった理由のひとつではないか、と考えられる。
■タイでは存在する廉価グレード
新型キックス発表の舞台となったタイでは、上級グレードの「VL」に対して16万バーツ(約55万円)も低い廉価グレードの「S」が存在する。
もちろん豪華装備ははぎとられ、シンプルすぎて、パワートレイン以外は、魅力的とは言い難いグレードではあるが、もし、日本市場にも「S」グレード相当が存在すれば、約232万円と、車両価格は大幅に抑えられたはずだ。
それをあえて行わなかったのには、こちらも5月に発表された事業構造改革計画で明かされた「持続的な成長に向けた新しいロードマップ」で示されている「選択と集中」にあると思われる。
「コアマーケット・コアモデル・コアテクノロジー」に集中し、日本、中国、北米において、台数よりも持続可能な成長を実現する戦略を再設定した日産としては、タイでは廉価なグレードを出していても、ここ日本ではキックスというクルマの魅力を充分に発揮させるため、価格と一緒に魅力も削ぐような下級グレードを、あえて作らなかったのではないだろうか。
魅力的な技術アイテムを初めから導入し、1グレードのフルオプション状態のようなキックスを見ると、日産のそのような考えが、見え隠れする。
求めやすいエントリーグレードがない弊害は?
しかし当然、車両価格は、クルマの購入動機に強く紐づいてくる。「S(おそらくシンプル)」や「E(おそらくエコノミー)」が付く、比較的廉価なエントリーグレードは、昔からどのクルマでも設定されている。
そこには「このクルマには手が届く安いグレードもある」ということを、ユーザーへ認知してもらい、新車購入のハードルをぐっと下げる狙いがある。
先日登場したハリアーにも、ガソリン2WDの「S」は税込299万円と、とても考えられない低価格で用意されている(カスタム用途や、レンタカー用途など、よほどの事情がない限り、そのまま購入する一般ユーザーは少ないだろうが)。
カタログ燃費にしても同じだが、数字が持つ力は強い。数百万円もするクルマで、わずか1万円の違いが、勝敗(成約か否か)を分けることもある。
新型キックスには、こうした廉価グレードがないことで、どうしても割高に感じてしまったユーザーがいるのは事実だ。
せめて、税込250万円(※ヴェゼルハイブリッドのエントリーグレード「Hybrid HONDA SENSING」の価格)を切るグレードが用意されていれば、心動かされるユーザーがもっと増えるかもしれない、と、少し残念に思う。
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