コロナ禍の中で、花粉症シーズンがいつの間にか終わった。今年は花粉の飛散量は少なめだったようだが、マスク不足や「くしゃみをするとコロナ肺炎を疑われ、周りの人が離れていく」など、花粉症患者にとっては別の意味で難儀なシーズンになってしまった。
子どもとはだいぶ異なる
成人の食物アレルギー
食物アレルギーと聞くと、「あぁ、○○さんのお子さんも確か、アレルギーで食べられない給食メニューがあるらしいね」などど、子どもの卵、牛乳、小麦等々のアレルギーを思い浮かべることが多いかもしれない。しかし、子ども時代はなんともなかった人が、成人になって急に、食物アレルギーを発症する例は決して少なくない。しかも、子どもの食物アレルギーと比べて、成人発症のものは原因となる食物、症状などがだいぶ異なる。
例えば、2000人以上の被害者が出た「茶のしずく石鹸事件」は、石鹸(せっけん)に配合されていた「小麦(加水分解小麦)」が引き起こしたものだったし、マカロンなどのお菓子を食べた女性がアナフィラキシーショックを起こした原因は、愛用の口紅に使われていた「コチニール」という赤色の着色料(食品添加物)だった。また、毎年「食中毒事件」として報じられることが多い魚介類の寄生虫「アニサキス」による健康被害は、「実は、アニサキスが原因で起こるアレルギー」だということが分かっている。近年は「サーファーは納豆アレルギーが多い」という報告も話題になった。
アニサキスも食物アレルギーの一種だというのは意外な感じもするが…。
「アニサキスは食物ではないので厳密には食物アレルギーとは呼ばないことにはなっていますが、患者さんは、食べて症状が出たということで食物アレルギーだと思って受診されます」
教えてくれたのは、成人の食物アレルギーに詳しいアレルギー内科医の福冨友馬医師だ。福冨医師は日本に20人ぐらいしかいない食物アレルギー専門の内科医として、10年以上にわたって診療と研究に取り組んでいる。
知られざる食物アレルギーの最新事情を聞いた。
花粉アレルギーの患者は
果物アレルギーになる!?
――成人の食物アレルギーの特徴についてうかがいます。原因アレルゲンになりやすい食物にはどんなものがありますか。
私が診ている患者さんで最も頻度が高いのは果物・野菜で、次に多いのは小麦、甲殻類ですね。特に果物アレルギーは多いです。
――どうして成人は果物アレルギーが多いんですか。
成人の果物アレルギーのほとんどが、花粉アレルゲンとの交差反応(タンパク質の構造が似ているアレルゲンを、免疫細胞が間違って異物とみなしアレルギー症状を起こしてしまうこと)で発症するからです。成人では花粉アレルギーの患者さんが多いので、果物アレルギーの患者さんも多くなるのです。
――果物アレルギーを発症しやすい花粉症はありますか。
カバノキ科(ハンノキやオオバヤシャブシ、シラカンバなど)花粉アレルギーというのがあります。このアレルギーのある人は、同時に、リンゴ、サクランボ、モモ、ナシ、イチゴなどのバラ科の果物やヘーゼルナッツなどで高頻度にアレルギー症状をきたします。豆乳などの大豆製品にも反応することがあります。
――カバノキ科ですか、あまり聞かないですね。花粉症ではスギ、ヒノキが有名ですが、カバノキ科の花粉症も多いのでしょうか。
一般にはあまり知られていませんが、多いですよ。ハンノキは、日本全国に分布していますし、公園などでもよく見られる樹木です。1月から5月頃まで花粉が飛散しており、アレルギー体質の人の20%がハンノキ花粉にも反応するといわれています。
ほかにもイネ科やブタクサ・ヨモギ花粉アレルギーでは、ウリ科、オレンジ、バナナ、トマトなどの果物・野菜にアレルギーをきたすことが分かっています。
――花粉症の人は、果物・野菜による食物アレルギーにも要注意ですね。食物アレルギーではどんな症状が出ますか。
成人の一般的な食物アレルギーでは、原因食物を食べた後2時間以内に、じんましんやかゆみなどの皮膚症状、咳(せき)、呼吸が苦しいなどの呼吸器症状、腹痛、吐き気、下痢などの消化器症状、血圧低下などの症状が起こります。
さらに果物・野菜アレルギーでは、OASという症状をきたす患者さんが比較的多いです。
OASはoral allergy syndrome口腔アレルギー症候群の略称で、食べ物を食べた後、唇が腫れる、喉が痒くなるなどの、口と喉に限られた症状が出ることを指します。
半分は食べること以外の
要因で発症する
――成人の食物アレルギーは、発症のメカニズムがややこしい感じがしますね。
そうですね。それは成人の食物アレルギーの特徴の一つです。
例えば、一般的に食物アレルギーは、食物を食べているうちに、腸の粘膜を介して食物アレルゲンにさらされて、徐々にアレルギーになっていくものだという認識をされてきました。しかし実際には、食べることによって発症している成人は全体の半分程度で、残りの半分は食べること以外のさまざまな要因で食物にアレルギーになります。
――例えば、花粉症が原因だったり、アレルゲン入りの石鹸で洗顔したり、お化粧したり、といったことでも発症するということですね。
化粧品添加物によって発症する食物アレルギーとして、以前から知られているのが「コチニール色素(カルミン酸)」によるアレルギーです。コチニールは南米産のサボテンに寄生する昆虫である「コチニールカイガラムシ」から抽出される赤色色素で、化粧品・食品の染料として広く用いられています。
症例では、この色素が入った口紅を愛用していた女性が、同様にコチニールで着色されたお菓子を食べたところ食物アレルギーを発症しました。
――コチニールはさまざまな食品に使われており、それまでも食べていたけれどアレルギーは発症しなかったんですよね。なのにどうして、口紅を使い始めると発症してしまうんですか。
眼とか唇など、粘膜は基本的に免疫組織が過敏なところなのでアレルギーを発症しやすいんです。だいたい人間で一番多いアレルギーは何かというと、日本では花粉症です。花粉症は眼と鼻、つまり粘膜を介して発症しますよね。コチニールの場合も、唇にアレルゲンをつけたからアレルギーになったんです。
ただ、細かいことを言うと、発症しているのはほとんどが海外製の口紅やアイシャドーです。それから食品についても、日本の食品添加物としてのコチニール色素は低アレルゲン化が進んでいるので、あまりアレルギーを起こしません。症状が起きた人は輸入品のマカロンなどを食べた人が多いですね。
2011年ごろに大きな社会問題になった「(旧)茶のしずく石鹸」の事件では、石鹸に入っていた小麦成分が鼻や目の粘膜を介してアレルギーを引き起こしました。
大切なの個々の発生の
メカニズムを特定すること
――治療はどのようにしますか。
従来の考え方では、成人になって食物アレルギーを発症した場合、普通は一生治らないので、そのアレルゲン食品を除去して生活してもらうというのが原則でした。
でも最近は、良くなる場合もあるということが分かってきました。
例えば、食べること以外が原因で食物アレルギーを発症している人は、原因になった化粧品等のコチニール色素、アレルゲンに暴露されないようにすることで少しずつ治っていくことがあります。
また、食べて発症したアレルギーでも、頻繁に食べ過ぎていたものをやめると、アレルギーの数字が下がってくることがあります。まだ通説にはなっていませんが、そういうこともめずらしくはありません。
ですので、食物アレルギーの診療では、患者さん一人ひとりの発症のメカニズムを特定することが非常に大切になります。特定して、やめてみることでよくなることがあるので。
――ということは、検査は重要ですね。
アレルギー疾患を診断するために、医療機関で最もよく行われる検査は、採血を行い、どの食物にIgE抗体というアレルギーに関わる抗体の反応があるかを調べる検査です。この検査は採血を行うだけでできるので非常に役に立ちますが、その結果は完全には実際の症状と一致しないことがあるので注意が必要です。
血液IgE検査が陽性で、本当にその食物で症状があるのであれば、アレルギーと診断してその食物は除去の対象になるというのが原則ですが、血液検査は陽性でも症状は誘発されてないこともあれば、間違いなく症状があるのにもかかわらず血液検査は陰性であることもあります。
このような場合には、検査結果ではなく、本当に症状があるかどうかで決定します。血液検査が陽性というだけで、症状がないにもかかわらず食物を除去すべきなのだと勘違いされているケースは非常に多いので、そこは注意が必要です。
――難しいんですね。
実は、検査でIgE抗体が見つからないにもかかわらず、特定の食物に対してアレルギーのような症状(かゆみ、膨疹、腹痛、下痢)などをきたす成人の患者さんも大勢います。
IgE抗体を介さない「食物過敏反応」とか「食物不耐症」というんですけどね。このことは、医師の間でもあまり知られていません。
◇
食物アレルギーに限らず、成人アレルギーにはまだまだ分かっていない病気や治療法がたくさんあり、病気自体も年々変化しているという。他の疾患に比べても、研究のゴールが見えてこない、難しい領域なのである。
(医療ジャーナリスト 木原洋美氏)※この記事は2020年5月26日に公開されたものです。"食物" - Google ニュース
June 06, 2020 at 03:57PM
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